
完成したポートフォリオは、まだ持っていない
率直に言うと、
「これが自分の完成形です」と胸を張って出せるポートフォリオは、まだ持っていない。
肩書きも定まっていないし、
代表作と呼べるものも、これといってない。
過去を振り返れば、
中途半端に終わったものや、途中で止まった挑戦の方が多い。
しかし、だからといって
何も積み上がっていないかと言われたら、決してそうではない。
完成していないだけで、
作ること自体は、ずっと続けてきた。
うまくいかなかった試みも、
方向転換した選択も、
遠回りに見えた時間も。
それらは全部、
「何者でもない状態から、何かを作ろうとしていた証拠」だと僕は考えています。
完成していないから価値がない、わけじゃない。
むしろ、
完成していない=まだ動いている、ということだ。
止まっていない限り、
人生のポートフォリオは、更新され続けている。
今の自分が持っているのは、
完成品じゃなく、進行形のポートフォリオ。
それでいいし、
それが今の正直な姿だと思っている。
それでも、作り続けているものは確かにある
完成した肩書きや、
誰にでも分かる実績は、まだない。
でも、
作り続けているものが「何もない」かと言われたら、
それははっきり違う。
たとえば、
- うまくいかなかったサイト構成
- 途中で作り直したデザイン
- 誰にも見られていないコード
- 公開するか迷った文章
- 続かなかった習慣や、途中で止めたルーティン
一つひとつは、
成果としては弱いかもしれない。
でも、それらは全部、
手を動かした痕跡だ。
頭の中だけで考えて、
何も出さずに終わる人も多い。
比べてみれば、
下手でも、未完成でも、
「外に出そうとした回数」だけは、確実に増えている。
その気づによって、
少しだけ見え方が変わった。
完成していない=ダメ、じゃない。
作り続けている限り、
人生のポートフォリオは、静かに更新されている。
誰かに評価されなくても、
今はまだ形になっていなくても、
昨日より今日、
今日より明日、
「作ろうとしている自分」が残っている。
それは、
あとから振り返ったときに、
必ず意味を持つ時間になると思っている。
仕事・旅・学びは、すべて同じ棚に置いている
このブログでは、
仕事・旅・学びを、わざわざ分けて考えていない。
どれも、
「人生のポートフォリオを構成する要素」だと思っているからだ。
仕事は、
お金を稼ぐためだけのものじゃない。
旅は、
遊びや気分転換だけのものじゃない。
学びも、
資格や知識を増やすためだけのものじゃない。
全部、
自分の視点や判断基準を少しずつ変えていく材料。
だから、
- コードを書いている時間
- 知らない街を歩いている時間
- 本を読んで考えが揺れた瞬間
それらを、
「別ジャンル」として切り分けない。
同じ棚に置いて、
同じ重さで積み上げている。
旅に出ると、
仕事の向き合い方が変わる。
学んだことが、
次の選択の基準になる。
仕事で詰まった思考が、
移動した先でほどけることもある。
全部が、つながっている。
肩書きや職種で人生を整理しようとすると、
どうしても窮屈になる。
でも、
「今の自分を構成している要素」として見れば、
バラバラだったものが一つの線になる。
このブログで書いているBUILD、BODY、MOVE、THINKは、
分類のためのラベルでしかない。
本当は、
全部同じ棚に並んでいる。
その棚が少しずつ埋まっていくこと自体が、
人生のポートフォリオを作っている、という感覚だ。
ポートフォリオは、見せるためじゃなく整理するためにある
多くの人が、
「ポートフォリオ=人に見せるもの」だと思っている。
もちろん、それも間違いじゃない。
仕事を取るため。
評価されるため。
実績を分かりやすく伝えるため。
でも僕は、
ポートフォリオの本当の価値は、
見せる前の段階にあると思っている。
作ったものを並べる。
考えたことを言語化する。
うまくいったことも、失敗したことも残す。
それを繰り返すことで、
- 自分は何が得意なのか
- 何に時間を使ってきたのか
- どんな思考で判断してきたのか
が、自然と整理されていく。
この「整理」がないまま、
いきなり人に見せるためのポートフォリオを作っても、
中身はどうしても薄くなる。
逆に、
自分のために作り続けてきたポートフォリオは、
いざ見せる段階になったとき、圧倒的に強い。
なぜならそこには、
積み重ねた時間と、
迷った痕跡と、
試行錯誤の密度が、ちゃんと残っているからだ。
作り続けている限り、人生は止まっていない
作る、という行為は不思議だ。
完成しなくてもいい。
評価されなくてもいい。
誰にも見せなくてもいい。
それでも、
手を動かしている限り、
人生は確実に前に進んでいる。
ポートフォリオを更新しているとき。
記事を書いているとき。
コードを書いて、消して、また書くとき。
そこには
「止まっている感覚」がない。
ただ、今に集中しているだけだ。
側から見たら、
「いい人生じゃん」と思われることもあるかもしれない。
確かに、不自由はない。
行きたい場所に行き、
場所を変えて仕事もできる。
でも、そこで満足してしまった瞬間、
次に何をワクワクして生きればいいのか、
分からなくなることがある。
だから僕は、
“完成”を目的にしない。
作り続けることそのものを、
生き方にしている。
人に見せるフェーズは、目的じゃない。
整理し続けた結果として、自然に訪れるものだ。
そのとき、
ポートフォリオは初めて武器になる。
まとめると、
それはまではただの記録でいい。
作り続けている限り、
人生は止まらない。
今日もまた、
ひとつ手を動かすだけだ。
このブログも、人生のポートフォリオの一部
このブログも、
完成させるために書いているわけじゃない。
誰かに評価されるためでも、
正解を提示するためでもない。
ただ、
そのとき何を考えて、
何を作ろうとして、
どこで立ち止まったのか。
それを、そのまま残しているだけだ。
振り返ったときに、
「ここから動いていたんだな」と分かればいい。
人に見せるかどうかは、あとで決めればいい。
作り続けていた事実があれば、
それはもう立派なポートフォリオだ。
このブログも、
その一部として、静かに積み上げていく。
この BUILD(作る) のあとに読むと流れが良いのは、BODY(身体を整える)です。環境を変えた方 → 何かを作り始めた方 → 身体を整える、の順で読むと感覚がつながりやすいです。
まだ読んでいない方へ
まずはこちらの記事でブログ全体の考え方(「暇=余白」や4つの軸)をチェックしてから戻ると読みやすいです — 「人生の余白で、積み上げるという選択」を読む